『がんと共に働く!組織の強さにつなげる両立支援のポイント』
事例発表:サッポロビール株式会社
人事部 プランニング・ディレクター 村本 高史氏
本日は、サッポロビール株式会社 人事部 プランニング・ディレクター村本高史様より「がんと共に働く! 組織の強さにつなげる両立支援のポイント」と題し、企業におけるがんと就労の両立支援を中心に、村本様の実体験や思いにつきましてご講演いただきました。
村本様は12年前、頸部食道がんを発症され、放射線治療により一時がん細胞は消失しましたが、10年前、頸部食道がんが再発し、声帯を含む喉頭を全摘されました。その後、食道発声法を習得され、声を取り戻していらっしゃいます。
1.村本さんのがん体験
村本さんは、がん体験を通じて働くことの重要性を実感され、「仕事の支障はあったが、仕事をしているからこそ実感できた喜びがある」「人とのつながりを実感し、自分の存在価値を再確認できる深い喜びがある」ということに改めて気づかれ、新しい人生をどう生きるか、ということを深く見つめられました。
村本さんが職場に復帰され、お仕事をされるにあたって支えとなったのは、サッポロビールの温かい企業風土、そして、ご自身の病気を開示して周囲に受け止められたこと、また食道発声教室での同じ境遇の仲間との出会いだったそうです。(ただし、情報の開示に関しては、あくまでも本人の自由であり、開示すると不利益を受けるのではないか、余計な心配をかけるのではないかという気持ちも理解する必要があるとおっしゃっていました。)
2014年、村本さんは今後自分が生きていく上での軸を問い直され、ご自身の人生について、次のような目的と使命だとたどり着きました。
『私の人生の目的は、喜びと感動に満ちあふれた大きな物語を体験することです。私の人生の使命は、生きていく上での勇気や希望を人々に提供していくことです。』
この「人生の目的と使命」により、社内のプロフェッショナル職として、みずからやりたいことを考え実行され、横断的なコミュニケーションの活性化や、がんと仕事の両立支援策の推進、「いのちを伝える会」や社外での講演・役割遂行等を行っていらっしゃいます。
2.両立支援を考える上で
両立支援について、よくある疑問として、「大企業でないとできないのか?」「制度がないとできないのか?」「トップダウンがないとできないのか?「実際の罹患者がいないとできないのか?」「企業の持ち味は活かせないのか?」という疑問がありますが、村本さんいわく、すべてNOだそうで、中小企業でも、制度がなくても、トップダウンでなくてもできますし、罹患者がいなくても、罹患者が出る前に備えとして対応しておく意味は大いにあり、また各企業にあった取組、順番で持ち味は十分生かせるとのことです。ただ「思いがないとできないのか?」については、ぜひぜひ強い思いを持って進めてください、とのことでした。
3.サッポロビールの実例
次に、サッポロビールの実例についてご紹介いただきました。サッポロビールは、もともと「治療と仕事の両立支援」を大きな柱としてきたわけではなく、強いトップダウンで始めたわけでもないそうです。働き方改革やダイバーシティ、あるいはグループ健康経営等と関連して、「治療と仕事の両立支援」でできることを見つけたり、今までになったものを一部足しながら、想いを持って進めた結果、今の取組があるそうです。
●取組のきっかけ
基本的に、温かく風通しのよい会社で、働き方改革により、柔軟な働き方を支援する制度も整備されていましたが、2017年、健保組合データから、予想以上にがんの検査・治療者が多いことが判明しました。人事として本当にがんの罹患者を把握・対応できているのか、という懸念より、次のような取組みをされていかれました。
①治療と仕事の両立支援ガイドブック作成
治療と仕事の両立に関し、支援の必要が出た社員やその上司がどのようにすればよいか、制度内容やステップをわかりやすくまとめたガイドブックの作成。
②治療短時間勤務制度導入
がんを罹患した社員の声を受け、2019年1月導入。がん、脳卒中、心疾患等の身体疾患(短期的に治癒するものを除く)や怪我が対象。1日当たり2時間の短縮を上限。1回当たり1ヶ月以上2年以内。
③民間団体「がんアライ部」の表彰「がんアライアワード」への応募
※サッポロビールのがんアライ宣言
『サッポロビールは、がんを経験した社員の思いを大切にし、働きやすい制度と対話により、会社の強さにつなげます。』
④がん経験者の社内コミュニティ「Can Stars」(2019年発足)
ダイバーシティや健康経営の一環として、がん経験者が安心して働くことができる社内体制の整備を目的に発足。
発足時の会員の声として「治療に専念して、とよく言われるが、働きながら会社とのつながりを感じられるからこそ、治療にも前向きに取り組める。」「この会合に参加する事で、自分が元気になり、他の罹患者も元気付ける事ができると思っている。今後も継続参加し罹患者の輪を広げて、ダイバーシティを実践したい。」という声が寄せられました。
4.両立支援のポイント
さらに、両立支援のポイントについてお話いただきました。
①何よりも対話を大切に
・制度よりも対話が重要であり、対話が出発点。
・社員に本当の希望を与えるのは対話。企業の側から、社員に寄り添い、思いを引出していく。
②制度の重要性と留意点
・両立支援に活用できる制度は様々(私傷病休暇、病気休職、フレックス、短時間勤務、在宅勤務など)
・但し、制度があることは十分条件ではない。制度があっても形骸化しては意味がなく、対話によってきちんと運用していくことが重要。当事者の声を取り入れ、実効性のあるものに。
・仕組みとして、当事者同士をつなげるのも大いにあり。
③経営方針を理解する、経営者を巻込む
・自社の強みを明確化し、自社に合った取組みを行う 。
・両立支援における経営者の役割は、極めて重要(特に中小企業)。但し、人事等の担当部署は経営者のスタンスを言い訳にしないこと。
④周囲の社員への配慮も忘れない
・対話を通じて配慮し、不公平感や特定の人への過重負担による不満を避ける。結果的に、当事者が両立しやすい環境整備になる。
・但し、周囲に配慮しすぎて本人に何もできないことにならないように。
⑤社外のリソースを活用する、社会とつながる
・社内ですべて完結させる必要なまったくないはず。
・ツールやサイトを活用する。
☆厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」
・他企業と一緒に協働して取組む。 :がんアライ部ワークショップ、WorkCAN’s、等。
5.「働く」ということについて
●がんサバイバーが働くということ
お金の問題は切実だが、それだけではなく、がんサバイバーが働くということは、「生と死」の不安に揺れる中で、人とのつながりを実感し、自らの存在価値を再確認するということ。その内面に、使命感(一人の人間として、職位・所属にとらわれず、大きな見地から自分の成すべきことを考え、実行していく意識。長年の経験や強烈な体験を踏まえ、一人ひとりの内面から湧き上がるもの)も隠れているはず、と村本さんはおっしゃいます。
●企業に望むこと
特にがんなどの大病を経験すると、働くことや生きることの意味を改めて考え、強い使命感が芽生えたりする。不透明な厳しい時代だからこそ、そうした思いを率直な対話と信頼関係で引出し、社員の多様な力を結集させていくことが大切ではないか、と村本さんよりご提言いただきました。
6.治療と仕事の両立支援にあたって、ダイバーシティ&インクルージョンの観点から大切なこと
ダイバーシティ&インクルージョンの観点より、両立支援にあたって大切なことをまとめていただきました。
①結局は一人ひとりにいかに向かい合うか
・全体の中で一人ひとりの思いを引き出し、それを掬い上げて行動に移せるか。
②配慮や思いやりの振り向け方
・悪気はなくても、配慮が排除につながることもある。インクルージョンへの思いやりを。
・事情を開示している人がすべてではない。たとえ開示しなくても「私もここにいていいんだ」と思えるには、日頃からの積み重ねこそ重要。
③正解はないが、基本はある
・正解を探さないこと。 例 「がんになった人にどう声をかければよいのか」
・当事者の心に寄り添うこと、話を聴くこと、時間や場所を共に過ごすこと。
改めて、すべてはやはり「対話の重要性」に行き着くことが再認識されました。
最後に村本さんから、参加メンバーおよびダイバーシティ&インクルージョンを推進されるすべての方々へ下記のメッセージをいただきました。
『社会情勢が一変し、働き方も変化する中、人は生きる意味、働く意味を改めて見つめ直しています。そんな中だからこそ、がんと仕事の両立支援を進めることで、一人でも多くの人が「この会社で働いてよかった」と実感し、一社でも多くの企業が活力を増し、よりよい社会になっていけるよう、
一緒に進んでいきましょう。』
村本さんの両立支援に対する熱い想い、積極的に組織に働きかけて制度や仕組みを具現化される力強さ、そして、何より人に寄り添う温かさがにじみ出たご講演でした。